破滅的なものが美しいのはなぜだろう

youtu.be

映画「candy」を観た。

作家志望だが全く売れない男と、画家志望だがこちらも芽が出ない美しい女性Candyの儚い愛の物語。

二人は愛とドラッグに溺れ、日々を夢のように送るが、とにかく金がなくてCandyは売春、結婚し妊娠するが流産、郊外に引っ越しせざるを得なくなるなど生活は破滅的。

愛と夢だけが取り柄で、誰も上手くいくなんて思ってもいなかったのに。

音楽も映像もCandy役のAbbie Cornishの演技も良かったのだけど、とにかく観てて辛かった。

こんなにも破滅的な愛の物語があるのだろうか。

しかし、破滅というのは恐ろしいものなのだけどどこかで人を惹きつける。美しかった。

 

副題は''more is never enough''。

この「過剰さ」というものが破滅さにつながっている。

僕たちは常に過剰さというものをしまいこんで、そこからはみ出さないように日々を生きている。

過剰になってしまえば決して十分ではなくなってしまう。

しかし、僕たちはどこかでその過剰さ、狂気に憧れている部分があるのではないだろうか。自分ではそれが出来ないことが分かっているから。

 

神聖なものが畏れを同時に抱えているように、破滅的なものは同時に美しさを抱え込んでいる。

きらきらと光るキャンディを噛み砕くような美しさがそこにはあった。