何処にも行かずに、傷つけずに
どれだけ他人を傷つけながら生きてきたことだろう。
独りの夜に、曇った朝に、僕は今まで自分が傷つけてきたこと、その事実に押しつぶされそうになる。
自分の存在など、他人を傷つけることばかりしてきたんじゃないかって思うことがある。
誰からの世話も受けずに何処か遠いところに行って、誰も傷つけないようにしたほうが良いんじゃないかって思うことがある。
* * *
彼は言った。
人間は、他人を傷つけて、そしてその事実を背負い続けながら生きていくものなんだ。
人生が、そのようにして続いていくものなのであれば、それは悲しく、いったい何処に希望があるというのか。
人間の業だ。
* * *
何処に行くというのだ。それだって無責任なんだ。君がここからいなくなるというなら誰かがまた傷つく。
―だけど俺だって、もう誰のことも傷つけたくないんだ。
いいんだ、君はここにいて、誰かを傷つけないようにすれば良いんじゃないか。
ー・・・。
* * *
もう誰のことも、自分の大切な人を傷つけたくないんだ。
この世界には真実などなくて、真実があるとすれば、それは僕にとって大切な人を傷つけないということなのかもしれない。
それは機能主義的な生き方といえるかもしれないし、またプラグマティズム的な生き方といえるかもしれない。
全てのことが自分の大切な人を傷つけないという目的に向かって収束していくような生き方。
日が暮れ、熱気を残した部屋に冷えた風が忍び込む。そんな夏の夕暮れに考えたこと。