石になった父

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いつからだろう、父が石になったのは。

あることを言っても、同じ話しか返さない。

それ以外のことに至っては、まるで反応がない。

 

40年ほど会社員として勤めてきて、今にも辞めてやる、と豪語していた父はどこに行ってしまったのか。

海と山が好きだった父はどこに行ってしまったのか。

 

父とは血の通った話をした記憶があまりない。

いや、数年前に一度家族で飲んでいる時に、部下の指導で頑張ったんだけど諦めた、というような話を少しうつむきながら話したのが最初で最後であったのだろうか。

 

僕は昔から兄と比べて父と一緒にいる時間は長かったような気がする。

兄は父と似た性格のせいで、真正面からぶつかって、そのせいで今はファザー・コンプレックスとか言われているけど。

父とは二人で一緒に海に潜って、沖の岩場で「これが獲れた」と言葉をかわした記憶がある。そのとき二人は親子を超えて、相棒のように海を泳いだ。

 

この前に実家に帰ったときにはもう父は石になっていた。

言葉に流れる血がなくて、それはまるでプログラムされたように、僕が何かを言えば僕の聞き飽きた答えが出力される。

そしてもう帰ろうとしている僕に対して背を向けた。

 

いつからだろう、父が石になったのは。

それも柔らかな質感をもった丸い石ではなく、コンクリートと見分けのつかないような、そんな石。