長距離バスに詰め込まれて
大学は冬休み。
ヨーロッパからの留学生友達はクリスマスで故郷に帰り
他の地域からの友人もテストが終わり、帰りの飛行機までの時間に旅行をしている。
外は相変わらず寒くて、外出するのが億劫になる。
文字通り外に出るのが一日に数回で、それもコーヒーを入れて煙草を吸いに
寮の前のベンチに行くときだけということが続いた。
旅行好きの友人が
「君はせっかく遠い日本から来ているのだからできるだけ旅行しなよ。なんでここに座っているの?」
と言ってくれた。
僕としては夏にたっぷりと旅行しようと思っていたのだけど
日本から友人が長い期間来ているということもあり
一緒に隣国のクロアチア、スロヴェニアを2週間ほどかけて回ることにした。
といってもそこまでお金があるわけではないから
主な移動手段は長距離バスだ。
掲示板を見ながらいつ来るか分からないバスを待つ。
不安になりながら運転手に行き先を聞いてスマホにダウンロードしたバーコードを読み取ってもらいバスに乗り込む。
大型バス、全部で50人は乗れるようなバスには各国からの若者が
故郷へ帰るその国の人に混じって座っている。
様々な目的をもった人びとは、ただ同じ場所に行くというだけで
一つのバスに詰め込まれる。
時々停まっては数人が降り、また別の数人が乗り込む。
ギアチェンジのたびに前後に揺れる車体と同時に詰め込まれた人々も揺れる。
運転席で流れる場違いな音楽を皆が同じように耳にする。
そんな時間が5時間も6時間も続く。
一つの車内で詰め込まれた人びとは同じ時間を過ごす。
しかし、ひとたび目的地につけばみな思い思いの場所に散っていく。
まるで他人であるように。
お互いの顔なんかは見ないで目指す場所だけを見る。
何事もなかったかのように観光客になる。恋人と再会のキスをする。
ただ同じ場所に行くというだけで何時間も一緒にいる。
そんな都市の縮図のような長距離バス。
場を共有していても誰も互いに関心はない。
ただ行き先だけを見ている。
* * *
一年ほど前にロスアンゼルスからラスベガスへの長距離バスに乗った時のことを思い出す。
汚くて呼び出し音がひっきりなしに鳴るターミナルから選別された薄汚い人間たちは
夢の都市であると同時に虚構の都市であるラスベガスへ向かった。
途中で急に止まったかと思うと休憩場所で湿気た土産物屋と
高カロリーなスナックを売るドライブインだった。
時間になればまたバスに乗り込んで目的地に向かった。
起きているのか寝ているのか分からないような時間が何時間も続いた後、
荒野を抜けてラスベガスのビル群が見えると話す声が聞こえるようになる。
バスが停車すると我先にとバスを降りて散り散りになる。
皆が幻想に憑りつかれて街へ向かう。
長距離バスは目的地へとあがく人間を詰め込む幽霊列車だ。
そんな幽霊列車に僕は今日も揺られている。