かもめ

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君が遠くを見つめて指さす
「陸が見えるよ」
イスタンブールの風の強い港から船に揺られてきた
焼きとうもろこし売りと釣り人たちが集う港から
小さめのフェリーの中の人は夕陽の中で微睡んでいる
船先には太陽が海面に反射して眩しい
僕たちは手を繋いで2人とも別々の音楽を聴いている
ティファン・スティーヴンスの優しくほろ苦いコーラスが、深い眠りに落ちる寸前のような気分にさせてくれる
かもめが斜め上に向かって羽ばたく
僕は君の横顔を見る

最大限の音量で、退屈がなくなるまで

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いつものイヤホンではなくて、部屋にある古いヘッドホンで音楽を聞いてみる。

ベースとドラムがまるでそこにいるように聞こえる。

ギターのアンプの前にいるように音は震える。

 

* * *

 

真夜中の帰り道、買ったばかりの自転車を飛ばした。

蛋白質が白く固まるみたいに受験勉強で煮え切った脳ミソを抱えて。

夜の道路はいつもと違って車も走っていなければ人っ子一人歩いていない。

消えかけの白く光る街灯が地面を照らしているだけだ。

大音量で音楽を聞きながら街灯の白い光を突き破るようにどれだけ速く走れるかだけに夢中になっていた。

ひょっとしたら横道から車や何かが飛び出してきて轢かれるかもしれない。

そんなこと関係なくて「死んでしまえばそういうことだったのだ」と言っただろう。

 

* * *

 

音楽は小さい音楽で聞くほど詰まらないことはない。

それならばいっそ、それを棄ててしまえ。

スマホがご丁寧に教えてくれる

「これ以上音量を上げると耳を傷める可能性があります。それでも上げますか。」

俺は「OK」を押して音量を上げる。

真空管はその中に稲妻が走るくらいに電圧をかけたほうが鳴るんだよ。」

俺は一人でにやける。

 

走って、回転のし過ぎで空中分解するまで。

最大限の音量で、退屈がなくなるまで。


▲THE NOVEMBERS「こわれる」from "美しい日" ▲

悪魔

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悪魔が心のどこからか現れる。

それは僕の悪魔だ。

どんなに貴方のことを思っていて、貴方のために良いことをしようとしたって

僕の心に悪魔はやってくる。

邪悪な心が俺を誘惑し、思考は無化する。

他人を傷つけ、自分を傷つける思考が次から次へと自分の頭を支配して

自分の心というものがここまで邪悪なことに僕は絶望する。

悪魔は笑っている。

「そうさ、お前だって所詮この程度の人間だろ。善い人のフリなんかするなよ。今に分かることだぜ。」

悪魔が笑っている。

僕は少し疲れたのかと思ってコーヒーを飲んでベッドに横たわる。

枕に顔を押し付けて、睡眠が僕をどこかに連れて行ってくれることを願う。

そのうち、そのまま起きているよりはちょっとだけマシな眠りがやってくる。

起きると悪魔は姿を小さくしている。

「なんだ、俺は疲れていただけか。」

すこし安心する。でもまたすぐに悪魔はやってくる。

僕は貴方を傷つけたくなくて、僕が悪魔を心に持っているときだって、

苦虫を噛み潰すみたいに、悪魔を押し殺す。

悪魔と手を結んで貴方を傷つけるくらいならば、俺もいっそ悪魔と飛び降りたほうがマシかもしれない。

悪魔はいつか僕の心を立ち去るのか。それとも飼い慣らすことができるのか。

僕には分からない。そんな今を足掻いている。

Too beautiful to forget

留学中、同じ寮の同じ階に住んでいたスペイン人の女の子と久しぶりにメッセージのやり取りをした。

彼女はすれ違うといつも「マサ!」と笑いながら挨拶してくれて、たまにキッチンで会うと少しだけ長めに話をした。

彼女はいつも笑って、楽しそうに生きていて、僕はそんな彼女を羨ましいと思っていた。

 

ある時、大学のプロモーションビデオに出ているのが回ってきた。

「What is happiness for you?」というベタな質問を色んな地域から来た留学生に答えてもらう、というもので他の人は家族、友人などと答えていたのだけど彼女は

「日曜日の朝、少し早く起きて、美味しい朝ごはんを作って、食べて、もう一回寝ること!」

と笑顔で答えていて、僕は少しニヤリとしながらも、やっぱり羨ましく思った。

 

* * *

 

毎日のように部屋で飲み会をして、パーティーに出かけていた彼女だが、スペインに帰ってからはほとんど飲んでいないという。

時差でお互い返信が滞りながらも、これまでのこと、これからのこと、メッセージを行き交わす。

 

「俺は来年、また修士でヨーロッパに行くことにしたよ。また近くになるから会えるといいね!」

―「日本と比べたらよっぽど近くなるね、ハハ。スペインにまたおいでよ!」

彼女たちのいるスペインにはまた行って、一緒に朝まで飲んで踊りたい。

 

そして彼女は留学中のことを振り返る。

「It was great. Too beautiful to forget.」

忘れるには美しすぎる…。

 

やっぱり僕は彼女を羨ましいと思った。

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正しいこと

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例えば「真実」が大切な人を傷つけるとしたとき、それはもはや真実ではない。

より正確に言えばそれは正しさではない。

僕は誰にとっても当てはまるような真実や正しさのようなものを求めて、科学だったり知識だったりを渇望してきた。

ときにはそれを振りかざして自分の言う「正しさ」を押し付けた。

大切な人の頬には涙がつたった。

そこに正しさは無くて、あるとするならば孤独な自分だけだ。

大切な人を傷つけることでようやくそれが分かった。正しさとは大切な人のためのものだと。

逆に言えば、それを思うほどの大切な人ができたということかもしれない。

でも、いつだって失敗してばかりだよ。

今日も君を泣かせた。

僕はいつも失敗してばかりだ。

だけど少しずつ僕は正しさを手にし始めている。

傷だらけのごつごつした手には繊細すぎて壊してしまいそうな、小さな正しさを手にし始めている。

ときどき扱いを間違えて君を傷つけてしまうけれど。

僕は確かにこの可憐な正しさを与えられたんだ。

ねえ、君はどう思う。

さあ、スタジオへ行こう

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日本に帰ってきて友人と飲んでいるとき、ふと気分が良くなって埃の被ったエレキを手に取る。

軽くチューニングをしてから指が覚えているフレーズを爪弾く。

 

「何か一曲くらいスタジオ入ってやってみるか」

 

ベースをやったことのある友人と、いつの間にかそんな話になっていた。

 

バンドを組む時の高揚感を久しぶりに思い出していた。

 

ギターは中学生のときから始めて中学、高校、大学とずっとバンドをいくつか組んでいた。

ほとんどはコピーで、オリジナルを作ろうとしたこともあったけど作った曲のコードも歌詞も覚えていない。レコーダーのファイルを探せばどこかに残っているのかな。

 

僕にとってバンドは常にほろ苦さとともにある。もちろん楽しかった思い出でもあるのだけど。

演奏が酷すぎて中学の学園祭のオーディションに落ちたときもあった。

僕はわがままでいつもメンバーと喧嘩した。

むせかえるような部室で少し感電しながら、どれだけ音を大きくできるかだけを考えていた。そしていつも教頭が出てきて怒られた。

メンバーと同じ女の子を好きになって気まずくなったり…(笑)。

大学のサークルでもいつもロクに練習しないで合わせられなかった。

 

あの時は熱っぽくなっていたし、僕も青かった。

またスタジオに入ったら同じ気持ちになるのかもしれないな。ならないかもしれないけど。

体のどこかに息を潜めていた、あの青臭い気持ちが疼いている。

 

さあ、スタジオに行こう。

夏の終わりの夜と風

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夏は夜からその終わりを露わにしはじめる。

夏が終わることはいつになっても寂しくて、それは数年間使っていたアパートの部屋を引っ越すときみたいだ。

ひんやりとしてきた風は危なくて、僕はうっかり窓から身を乗り出しそうになる。

 

昔通っていたスイミングクラブで大好きだったコーチが

「今日はいい風が吹いているな」

と独り言とも、僕に話しかけているともつかないように言ったのをいつも思い出す。

 

それから2、3年経って彼は突然亡くなった。

 

僕は真夏の昼に行われた葬儀を思い出す。

そのとき風は吹いていなかった。

 

幼い僕は「いい風」が分からなくて、でもそれを言うことが何だか格好よくて、彼のように口に出してみようかと思ったけど、気恥ずかしくてやめたのを覚えている。

 

今、夏が終わろうとしていて、風が吹いている。

そして今、僕は「いい風」が何だか分かっている。

 

「今日はいい風が吹いているな」