夏の終わりの夜と風
夏は夜からその終わりを露わにしはじめる。
夏が終わることはいつになっても寂しくて、それは数年間使っていたアパートの部屋を引っ越すときみたいだ。
ひんやりとしてきた風は危なくて、僕はうっかり窓から身を乗り出しそうになる。
昔通っていたスイミングクラブで大好きだったコーチが
「今日はいい風が吹いているな」
と独り言とも、僕に話しかけているともつかないように言ったのをいつも思い出す。
それから2、3年経って彼は突然亡くなった。
僕は真夏の昼に行われた葬儀を思い出す。
そのとき風は吹いていなかった。
幼い僕は「いい風」が分からなくて、でもそれを言うことが何だか格好よくて、彼のように口に出してみようかと思ったけど、気恥ずかしくてやめたのを覚えている。
今、夏が終わろうとしていて、風が吹いている。
そして今、僕は「いい風」が何だか分かっている。
「今日はいい風が吹いているな」