不思議な世界

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少し用事があったので、近くに住むクラスメートたちと駅で待ち合わせた。今日はことさら風が強かった。

彼女らは寮から2キロほど歩いてきたみたいで、約束していた時間通りには来なかった。

このターミナル駅では外出禁止令でそれでこそ人は減ったが、それなりに乗り降りする人がいる。日曜の午後なのに。

今日がハンガリーでの母の日だから、駅の出口や地下通路の殺伐とした空間に花を売る人たちがいる。ほとんどの人が見向きもせずに通り過ぎていく。外出禁止と花売りの女性。

その横ではだんまりと決め込んだ中年の男達がたむろしている。一人の女性が近づいていくと何やらみんなで話している。

逆側にも男達が集まっている。その男達の誰もがマスクすらしていない。ある男が陽気な声で、集まっている男たちに声を掛け、握手し、笑顔で抱擁している。これまではそこらじゅうで見たような光景が、酷く不自然に感じられ、僕は「命知らずだな」と思った。それがどういう意味なのか自分でも分からなかった。隣でN95のマスクをした女性が通り過ぎていく。

バス停ではホームレスらしき人がパーリンカウォッカの小瓶が4ダースほど包まれた段ボールのパックを地面に置いている。破られた角の小瓶は無くなっている。彼が飲んだのだろうか。飲むならばなぜ割安なはずの大瓶を買わないのだろうか。分からない。

通りのおおい道で急に車が止まり、クラクションが鳴った。誰かを呼んでいてのだろうか。

クラスメートたち各々サングラスにマスクをつけていたり、何をつけていなかったり、サンダルにウエストを出したようなちぐはぐな格好だった。

「そっちの生活はどう?」と聞くと「何とか生きてるよ」と笑った。

一人が「ケバブ食べる?私たちこのために来たようなものだよ。ああ、最高。」とケバブを買う列に並んだので、僕も並んで塩気のあるヨーグルトのような飲み物のアイランと一緒にケバブ・トルティーヤを買った。

そのあと彼女らが路地販売されているイチゴを買うのを待ってから、ケバブを食べる場所のために少し歩いた。

「母の日おめでとう」と花売りが声を掛けてくる。僕らは目もくれず歩く。

「ここいいじゃん!」とちょうどよく腰を掛ける場所を見つけたので、皆で座った。

「消毒スプレー使う人いる?」とスプレーを回して、各々手に吹きかけてからケバブのアルミホイルをめくる。

食べ終わった頃、スズメが驚くほど近くまで近寄ってきて首をかしげる。落ちていたケバブの破片をついばむ。

「あら、かわいいね!」と皆夢中になってケバブの生地をちぎって放る。さらに沢山のスズメが近寄ってくる。一人が、先ほど買ったパンをバックから取り出して、ちぎって放る。他の人にも渡して、皆で放る。パンにスズメが群がっては、そのうちの一羽がくちばしで抱え、何処かへ持っていく。

「手の上でも食べるかな?」と言いながら手の上にパンを乗せたり、靴の上に乗せたりした。その様子を動画に撮ったりした。

「誰も餌をあげなくなったから、飢えてるのかもね」とパンを放った。

近くで急にサイレンのような警報音が鳴る。警察が来たのかと思ったけど、宅配ロッカーの扉が開きっぱなしだったからだった。そんなに大きなサイレンで知らせなくてもいいのに。

スズメに加えてハトも来た。皆飢えているのかもしれない。近くで見るとスズメもハトもそれぞれ個性がある身なりをしている。スズメに2パターンの柄があって、派手なほうがオスかな、などと話をした。

ふと周りを見回すと、迷彩服に赤いベレー帽で大型の銃を持った兵士が二人組を近づいてくるのが見えた。

慌てて「じゃあ、またいつかどこかでね」とその場を去る。

変に怪しまれないように、ゆっくりをその場から遠のく。

バスに乗ってアパートに戻る。

風に当たったせいか、酷く身体が疲れていた。ベッドで横になって、むさぼるようにしてスマホを見た。何も興味のあるものなんか無かったのだけれども。

なんだか、世界が急に不思議なものになってしまったような気がした。

当たり前だったことが不可思議に思えてくる。スズメもハトもそれまで人間の餌付けのエコロジーから外れてしまったようにして暮らしているのかもしれない。彼らは人間を覚えているのだろうか。この状況が続けば世界は一体どうなってしまうのだろう。二か月もまだ経っていないというのに。

帰り道、今まで聞いたことのないような声の鳥が鳴いていた。